ともぞうのサラリーマン時代~現在までの16年間くらいを雑に振り返ってみた
【定年までマジメに働いたら
幸せな人生を送れると
思っていたあの頃の話】
僕は音楽の道を(一度は)
諦めて就職した。
「就職して、定年までマジメに
働いたら幸せな人生が歩める」
周りの大人はそう言っていたし
僕も友達もそれが正しいと思っていた。
「音楽活動なら
働きながらでもできるし…」
そう言い訳をしながら
就職の道を選んだ。
ところが。
「働きながらでも音楽はできる」なんて甘かった
フタを開けてみたら就職したのは
朝6時~夜11時まで働かされるブラック企業。
休みも月1あるかないか…
(ちなみにそのときの
手取りは月13万円)
音楽活動はおろか
睡眠時間すらまともに
取れないレベル。
「この苦労の先に幸せがある」と信じていたけど…
音楽活動をしたいという
気持ちはあったけど
「まぁ、でも、これを
耐えたら幸せで安定。
悠々自適な人生が
待っているわけだし
音楽をやるのは
老後にとっておくか。
この頃はまだそう思っていた。
しかし、
その日は突然やって来た。
友達の突然の解雇が僕の価値観をぶち壊した
中学生からの友達のY君が
突然会社をクビになった。
会社の業績不振が理由で
ごく一部の上層部を除いて
解雇されたそうな。
その連絡を受けて思った。
「あれ?就職して定年までマジメに働いていたら、
安定した幸せな生活ができるんじゃなかったっけ?
これ嘘だったの!?」
今を犠牲にして将来の安定を求めた先に待っていたもの
いや、そもそもだ。
毎日朝早くから夜遅くまで
休みなく働いて手取り13万円ぽっち。
やりたいこともできずに…
それどころかまともに
睡眠時間も取れずにいる
こんなブラック労働を続けることが
本当に幸せの道に通じているのだろうか?
その上、クビになんてなったら…?
最悪だ。
そんな未来を
考えただけで目の前が
真っ白になる。
だって、そうでしょう?
今やりたいことを
犠牲にしてまで将来の幸せで
安定した生活を求めているのに
それすらも手に入らない
可能性があるなんて。
そんな人生は絶対に嫌だ。
音楽の道に戻る決意。そして新しい道へ
そのとき、僕は思った。
「今やりたいことをやろう
音楽の道に進もう」
こうして、僕は音楽の道に
進むことになったのでした。
音楽だけでは食べて行けない僕はせどりを始めた
音楽を仕事にする!
そう意気込んでみたものの
一体何をすればいいのか。
……ただ考えるだけで
時間は過ぎていった。
その間は無収入のニート。
このままではいけない!
とりあえず履歴書書いて
ベース持って楽器屋さんや
音楽の専門学校、楽器教室に
飛び込み営業。
とりあえず、音楽の施設で
働きながらバンド活動でもするか?
そんなボンヤリとした考えだった。
飛び込み営業先ではいくつも断られたけど
運よく小さな楽器屋さんで
ベースの講師として働けることになった。
しかし、ベースの講師としての給料は月7万円。
これでは生活ができない。
ということで結局アルバイトを
掛け持ちしようということに。
しかし、ベースの講師として働く時間が長すぎて
まともにシフトに入る時間がない。
あったとしても週に3日1時間ずつとか。
その条件で雇ってくれるところも
なかなかない…
どうしたもんかと悩んでいたところ
出会ったのがネットビジネスの世界。
せどりで稼ぐ
僕は最初、せどりをやっていた。
せどりなら頑張れば
隙間時間でお金を稼ぐことができる。
ネットでそのようなことが書かれていた。
実際、慣れてくればせどりで
月数十万を稼ぐのは
特に難しいことでもなかった。
ブックオフに売っている本と
Amazonの出品価格を比較して
利益が取れそうなら仕入れる。
そして、出品し、売れたら発送する。
とってもシンプル。
数ヶ月後には月30万円の利益を
安定的に出せるようになった。
A君との出会い
音楽の仕事にも就けた。
収入の問題もせどりで解決!最高!
ベース講師とせどりの二刀流で
生きて行こうと思っていた矢先
バンドマンのA君と出会った。
A君は少し前の僕と同じように
時間とお金について悩んでいた。
もっとバンド活動に時間を使いたいけど
バイトを減らすと生活が成り立たなくなる。
睡眠時間はギリギリまで削っていて
少し前に過労で倒れた経験もあるとのこと。
そこで僕はA君にせどりを教えることに。
A君は、真剣にせどりに取り組み
次の月には30万円の利益を出せるようになっていた。
バイトの日数を減らし
音楽に費やす時間も増えた。
お金の心配もとりあえず消えた。
彼はとても喜んでくれたし
会う度に僕にお礼を言ってくれた。
「あのとき、ともぞうが
せどりを教えてくれなかったら
俺、今の生活できてないからさ!
マジで感謝してる!」
僕はそれが嬉しかった。
そしてこう思った。
「もっと沢山の人にせどりのことを伝えたら
もっと沢山の人に喜んでもらえるのでは!?」
こうして始めたのが、せどりの情報発信だった。
せどりの情報発信をしていると…?
最初はブログ(当時はアメブロ)で
せどりの情報を発信し始めた。
途中からメルマガ
(メールマガジン)も
始めることにした。
メルマガでせどりの情報を発信していると
ある日、一通のメールが届いた。
「ともぞうさんの
せどり教材ってないんですか?
あるなら買いたいのですが…」
せどり…教材…?
当時の僕は情報商材の存在を知ってはいたものの
自分がそれを販売するつもりなど毛頭なかった。
ただひたすら、
せどりの素晴らしさを
伝えたいだけだった。
その最初の一通のメールを皮切りに
同じような内容のメールがポツポツと
届くようになった。
「こんなに僕の教材をほしいと
思ってくれている人がいるなら
作って販売するか…?」
そう思って教材を作ってみた。
これが僕の始めての
コンテンツ販売の経験だった。
正直、コンテンツの作り方なんて
全然わからなかったし、売るにしても
どうやってお金を受け取ればいいのか。
そもそもセールスレター
(当時はその言葉すら知らなかったが)を
どうやって書けばいいんだ?
色々と検索したけどよくわからない。
そこで僕は
・教材はとりあえず自分がやっていることを
仕入れ、出品&検品、発送の3ステップにわけて
それをWordに書きなぐり、PDFに変換した
・お金の受け取りは銀行振り込み一括のみ
(注文メールを送ってもらい1人1人とやり取り)
・セールスレターもよくわからないけど
ことの経緯(発信していたら教材が
欲しいと言われた件)と中身の概要を書いた
↑これで乗り切った
(今思えばめちゃくちゃすぎる 笑)
確か、1本12,800円。
それをメルマガで告知したら
30名以上の方が購入してくれた。
ん?もしかして…?
その頃、僕を雇ってくれていた
楽器店がつぶれた。
僕は音楽の仕事を失った。
「また飛び込み営業するのか?
それは嫌だなぁ…」
そのときひらめいた。
そうだ!自分でベース教室
やっちゃえばいいんだ!
せどりの情報発信で得た知識と
経験を使えば、ベースレッスンの
生徒さんを集められそうだ
そう考えた。
実際にやってみると
面白いほど生徒さんが
集まってくれた。
北は青森、南は沖縄まで
色々なところからレッスンを
受けに来てくれるようになった。
音楽とせどり、そして情報発信の三本柱でやらせてもろてましたが…
こんな感じで音楽、せどり、情報発信
三本柱の収入を得ていましたが…
2020年。そうあのウイルスが流行しました。
ブックオフでは「店内の立ち読みは
ご遠慮ください」とのアナウンス。
せどりの仕入れもたぶんダメだよな…
そう考えた僕は、
せどりを辞める決意を固めました。
なんだかんだで
7年くらいやっていたせどり
仕入れも梱包も苦にならなった。
むしろ楽しかった。
けど、そろそろ潮時かもな…
なんとなく思った。
そしてせどりを辞めました。
それと同時に、
せどりの情報発信も辞めた。
もちろん、せどりを辞めても
せどりの情報発信で稼ぐことは可能だった。
だけど、現役でなければ
追えない情報もある。
情報のアップデートをするにも限界がある。
古い情報、間違った情報を
自分の金儲けのためにバラまき続けるのは
害以外の何モノでもないだろう…
だから、せどりの情報発信も
同時に辞めた。
余った時間で何をしようか…
せどりとせどりの情報発信をやっていた時間が
ポッカリと空いてしまった。
もうこの頃には音楽だけでも
食べていけるくらいの収入があったから
別に自由に過ごせばよかった。
だけど、何か少し
新しいことを始めたくなった。
そこで始めたのが今の
情報発信
コンテンツ販売
自動収入の仕組みの作り方
↑これらの情報発信。
そして今に至る。
長くなったけどそんな感じ!!!!!
おしまい!!
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